パリパラリンピックマラソン その2 雑記
2024/09/15 11:20:21
人生はドラマチック!!
さて、レース当日。メダル獲得を目指して、絶対に悔いの残らない走りをしようとそれだけは心に決めて臨みました。
レースは8:00スタート。
ファイナルコール(招集完了)は40分前の7:20。
レース前のアップを終えてコールルーム(招集所)に行き、車体やゼッケン等のチェックがあります。チェックを済ませスタートラインに向かう時間になると選手ひとりひとりが順番に呼ばれて出ていきます。
「YOSHIーDA!!」と呼ばれ、『さあいこーか』と仙道よろしく歩みを進めようとハンドルを右に切ったその時です。
各選手の集中と緊張の入り混じった静寂の中、突如コールルームに「パキン!!」とポップな音が響き渡りました。
なんと私のレーサーの、ダンパーと呼ばれているパーツが綺麗に折れたのです^^;
『さあ いこーか』仙道彰(井上雄彦「スラムダンク第3巻」など)
いやいや待て。ここにきてこんなことある!?
パンクには備えていたけど、え!?そこ!(◎_◎;)?
とりあえず日本人チームのスタッフを探しました。
「Please call Japanese staff !!!」
そんなことを叫んだ気がします笑
あれ?でもスタッフを乗せたバスってスタート前にゴール地点へ移動じゃなかった???
ここまできてDNSだけは勘弁してくれ!俺は走りたい!頼む!!
まだ呼ばれていない女子選手の喜納ちゃんや土田さんが心配そうな目で見ています。
祈りが通じたのかバスはまだ発車しておらず、メカニックであるOXエンジニアリングの小澤さんが飛んできてくれました。
選りに選ってバスの最後列の窓側に座っていて出るのが大変だったらしいです笑
レーサーの前輪を真っ直ぐに保つためのパーツですから、当然このままではレースどころかスタートラインにすら辿り着けません。
整列までもう時間が無い中、あと5分以内に修理できなかったらスタートできない、と大会役員が小澤さんを焦らせます。
公式サポーターOttobockのメカニックも何か手伝うことはあるか?必要なパーツはあるか?などとしきりに(もちろん善意で)小澤さんに話しかけます。
いや頼むからみんな小澤さんの集中を乱さないでくれ!!笑
程なくして折れたパーツ交換が完了しなんとかスタートラインへ向かうことができました。
神様小澤様ありがとう(^人^)本日2回目の行ってきます!
女子選手達が拍手で送り出してくれました笑
もしゴール地点へ向かうバスが発車していたら、もし小澤さんが日本からパーツを持ってきていなかったら、もしスタートしてからダンパーが折れたのだとしたら、、、
パリまできて最終日まで調整してDNSかDNFになるところでした。
そんなことを考えると無事に走ってゴールできた。それだけで奇跡的なことだとさえ思えました。
相棒のレーサーが危険を知らせてくれたのかもしれません。運がありました。
展開
レースはスタートからマルセル選手が飛び出し、鈴木選手が追う展開。
メダルを獲得するにはマルセル選手についていくしかない。
私は少し離れて懸命に追いかけましたが、英のDavid選手や米のDaniel選手が協力して追う気を見せてくれずだいぶ腕を使ってしまいました。
そうこうしているとコーナーの立ち上がりやアップダウンを繰り返している内に2番手集団からも切れてしまい序盤は9位の展開。
前は集団で走っているのでだいぶ逃げられて一時は見えなくなりましたが、この難コースだからいずれは前から落ちてくるだろうと諦めずに追いました。
20kmあたりで8位の選手をとらえ、その後6位まで20秒差まで詰めるシーンもありましたが、35kmからの凱旋門へ向かうシャンゼリゼ通りの石畳&上り坂で力尽きました。
スタートでマルセル選手を追わずに、最初から切り替えて4位5位を狙っていたら結果はもう少し上位だったと思いますが、セーヌ川に飛び込む覚悟でやってきたことの全てを出し尽くすつもりだったので全く後悔はありません。
このコースは本当に苦しく2度と走りたくは無いですが、ゴール手前でこれまでの歩みを振り返りまた石畳の辛さも相まって色々なことを思い出し、ゴールの瞬間は万感の思いでいっぱいでした。
そしてゴール後は走りきった選手達とこのコースの大変さを熱く分かち合いたかったのですが、まさかのドーピング対象でそのまま検査室へ移動。
ほとんど誰とも触れ合えませんでした笑
全てが詰まったパリパラリンピックでした(^^)
Merci, Paris!
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